オブジェクティブ・ゲッコー(2001年)


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Wikipediaとかそのへんで読んだ内容を日本語でメモ代わりにまとめています
ディスインフォメーションの精査などはほぼやってませんので
信頼性の低いものとして眺める程度にしてください
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Objective Gecko
2001年10月にOperationRhinoの一部として実施されたアメリカ軍によるタリバン指導者Omarへの襲撃作戦

-2001年10月19日夜間
 75thRangerの第3大隊のA中隊およびC中隊からの200名を中核とする連合軍がOperationRhinoを実行。B2爆撃機とAC130の支援の元、目標"Rhino"としてカンダハル南部の空港を占拠し、FARP(前方給油地点)として使用した。同時に同Ranger大隊のB中隊がパキスタンのDalbandinにある飛行場を目標"Honda"として空挺降下し、予備のFARPとした。目標Hondaでは増援を投入する予定だった陸軍のMH-60が悪天候のせいで緊急着陸し、2名の死者と3名の負傷者を出した。

 占拠された目標RhinoにTF11戦力(デルタ、75thRanger)が4機のMH-47に分乗して到着、燃料補給後に襲撃作戦を実行する。襲撃目標は"タリバン指導者Omarがいると思われるカンダハル郊外の別荘であり、この家屋は目標"Geckoと呼ばれた。

 部隊の投入前にGeckoの周囲をAC-130,MH-60Lが砲撃した。強襲部隊は91名の特殊作戦要員から成り、4機のMH-47に分乗して地上戦闘車両とともに投入された。随行するRangerのチームが周辺を確保し、デルタチームが目標家屋を襲撃するもHVTは発見できず、作戦目標が襲撃から捜索に変更。地上部隊の捜索中、ヘリ部隊はFARPまで後退し都度補給を受ける。

 数時間の捜索のち撤退が決定。地上部隊の撤収準備中、多数のタリバン部隊が目標の家屋に接近してきたため、大規模な銃撃戦となる。タリバン側はAK等の小火器およびRPG、迫撃砲を使用して攻撃した。アタッチしていたCCTがAC-130の攻撃を誘導してタリバン部隊の包囲網を破り、ヘリの緊急着陸地点の設置に成功する。全襲撃部隊が緊急着陸地点からMH-47で脱出に成功するが、1機のMH-47が家屋に衝突しタイヤ一輪が脱落した。襲撃から撤退まではおよそ1時間だった。



-作戦後
 デルタチームは家屋に数人の偵察チームを残すつもりでいたが、タリバンとの交戦により全員帰還した。Geckoにおける戦闘のタリバン側死者は30名を数える一方、米軍側地上部隊はデルタ隊員12名が負傷した。デルタ隊員の負傷の説はいくつかあり、「交戦中の負傷」、「撤退時のヘリの事故により負傷」というものの他、「家屋への突入時にフラッシュバンと間違えてフラググレネードを投げてしまい数名が足を負傷」との話も確認できるが真偽不明。デルタかレンジャーかは定かではないが、本襲撃作戦中に1名がRPGにより片足を吹き飛ばされたとのこと。本作戦の戦術的な要素はUSCENTCOMや英国によって評価が行われた。タリバンはMH-47から脱落したタイヤを鹵獲してプロバガンダを行った。




動画:Rhinoに降下するレンジャー達



地図:Gekcoの位置といわれている座標



画像:襲撃チームのイメージ画像









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2018年09月17日 Posted by Hobbit  at 21:53 │Comments(0)NOTES

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